作者のパトリシア・ハイスミスもまた同性愛者で当時苦しい立場に置かれていた。映画解説者の淀川長治はこれを踏まえて映画版「太陽がいっぱい」をホモセクシャル映画と解説したらしい。
やはり同性愛者だったといわれる巨匠ヴィスコンティ監督と組んだ『若者のすべて』の貧しくも純粋な青年、『山猫』(63年、ランペドゥーサ ...
太陽がいっぱい (河出文庫)作者:ハイスミス,パトリシア発売日: 2016/05/07メディア: 文庫 (今はわたしの読んだ角川文庫版は絶版のようで、Amazonからは、わたしが読んだものではない「河出文庫」の方で紹介) けっこう久しぶりに読むので、内容はほとんど忘れてしまっていた。
原作の「才人ミスター・リプリー」はトムの同性愛が潜在的に描かれているが、トムはゲイだと思われるのを嫌がっているのだ。この「太陽がいっぱい」ではその同性愛の部分を削除したことになっている。 削除したことになっているが。 昭和50年。
つまり「太陽がいっぱい」はそういう時代の作品で、もし作品の中に同性愛が表現されているとしても、それは微かな暗示という形でしかなく、観る側がそれを汲み取る必要がある・・・ということです。 同性愛のメタファーはどこに?
実はパトリシア自身、同性愛者でね。彼女の作品では同性愛が重要なテーマになることが多いんだけど、そこを変更されたんだから面白くないに決まっている。 でも、1960年では仕方がなかったんだ。まだおおっぴろげに同性愛を描ける時代じゃなかった。
開催中の第72回カンヌ国際映画祭で、映画「太陽がいっぱい」などで知られる俳優、アラン・ドロンさん(83)が19日、映画史への功績をたたえる ...
『太陽がいっぱい』に登場したトム・リプリーの物語は、のちにシリーズ化された。 1963年からはヨーロッパへ移り住み、以後はアメリカを舞台とする作品を執筆する際には、アメリカの友人から当地の風俗についての情報を集めていた [3] 。
There are many ways of going forward, but there is only one way of standing still.
‹ | › | |||||
Mo | Tu | We | Th | Fr | St | Su |